はじめに:学会参加と慢性疼痛への関心
第12回予防理学療法学会学術大会に参加して得た知見
先日、第12回予防理学療法学会学術大会に参加し、慢性疼痛予防に関する最新の知見と臨床応用について学びました。
本記事では、その内容をもとに、人工膝関節置換術(TKA)後の遷延性術後痛(CPSP)を中心とした予防戦略を解説します。
慢性疼痛がもたらす社会的・臨床的インパクト
腰痛、肩こり、膝の痛み——慢性疼痛は私たちの生活の質を大きく左右します。
日本では労災腰痛による損失が年間8214億円、労災以外も含めた慢性疼痛による間接費は1人あたり約68万円、国全体で年間約3兆円にも上ると言われています。
慢性疼痛を有する方の死亡リスクは35〜37%増加し、最大で2倍にもなると報告されています。
本記事では、慢性疼痛の病態理解から、人工膝関節置換術(TKA)後に起こる遷延性術後痛(CPSP)の予防戦略、そして「プレシジョンリハビリテーション」という新たな理学療法の展望までを解説します。
慢性疼痛の病態理解と伝導メカニズム
痛みの定義と中枢統合の役割
痛みの定義(IASP):「実際の、または潜在的な組織損傷に関連する、あるいはそれに類似した不快な感覚および情動体験」。
慢性疼痛とは:通常の組織治癒期間(約3ヶ月)を超えて持続する痛み。
侵害受容性疼痛、中枢神経系の機能変化、心理社会的要因が複合的に関与しています。
中枢統合の役割:痛みは単なる末梢入力ではなく、脳が「意味づけ」して形成する体験を指します。
扁桃体・前帯状皮質・島皮質などが関与しています。
Aδ線維とC線維の違い
| 線維 | 経路 | 特徴 | 関与する側面 |
| Aδ線維 | 外側脊髄視床路 | 高速・ 鋭い痛み | 感覚的側面 |
| C線維 | 内側脊髄視床路 | 遅延・ 鈍い痛み | 情動・認知的側面 |
感覚・情動・認知が統合される痛み体験
入力→出力モデル:意図→運動計画→運動信号&運動の結果を予測→感覚フィードバック→予測と結果の一致/不一致を評価します。
神経系は最も信頼性の高い情報を優先するため、痛みの記憶や予測が実際の感覚よりも強く影響することがあります。
例:過去に「膝を曲げると痛かった」経験があると、実際には痛みが軽減していても「痛いはず」と認知され、回避行動が強化される。
中枢性感作とCPSP:TKA術後の課題
中枢性感作とは何か
定義:中枢神経系(脊髄・脳)が過敏化し、痛みの閾値が低下する現象です。
非侵害刺激でも痛みを感じるようになります。
特徴としては以下の通りです。
- 通常の刺激が痛みとして知覚される(アロディニア)。
- 痛みが過剰に強く感じられる(痛覚過敏)。
- 感覚・情動・認知の統合領域(島皮質・前帯状皮質・扁桃体など)の可塑性変化が関与。
臨床的には「痛みの説明がつかない」「画像所見と一致しない痛み」などが中枢性感作のサインといえるでしょう。
TKA後に起こる遷延性術後痛(CPSP)の実態
中枢性感作と膝OA・TKAの関係
膝OA患者の約20%が中枢性感作を有するとされており、保存療法やTKA後の疼痛軽減が得られにくいと報告されています。
TKAは末期OAに対して有効で、術後満足度は80%以上といわれていますが、満足度には疼痛の残存が大きく影響しています。
CPSP(Chronic Post-Surgical Pain:遷延性術後痛)
定義:術後3ヶ月以上持続する痛み。
VAS>30mm。
TKA後のCPSP発生率は約13〜44%と報告されており、術後のQOLやADLに深刻な影響を与えます。
術前の危険因子と評価指標(CSI・FreKAQ)
CPSPの危険因子(術前)
| 項目 | 内容 |
| 疼痛強度 | 術前のVASが高いほどリスク増 |
| 運動恐怖 | 動かすことへの不安が疼痛を強化 |
| 中枢性感作 | CSIスコア高値が予測因子に |
| 破局的思考 | 「痛み=人生の終わり」といった思考 |
| 身体知覚異常 | 「膝に力が入らない」「膝が自分のものではない」など |
これらは術前から評価・介入可能であり、CPSP予防の鍵となります。
中枢性感作の評価と臨床応用
CSI(Central Sensitization Inventory):中枢性感作のスクリーニングに有効。9項目版(CSI-9)も簡便で実用的です。
これらの評価指標を術前に導入することで、リスクの層別化と個別化リハ(プレシジョンリハ)につながります。
認知行動モデルと身体知覚異常
認知行動モデル
認知行動モデル:痛みの体験は「意味づけ」によって変化する。
疼痛体験は単なる感覚ではなく、認知・情動・行動が絡み合った複合的なプロセスです。
例:「膝を曲げると痛い」→「私は障害者だ」→「怒り・落胆・心配」→「動かすのが怖い」→回避行動→活動量低下→筋力低下→さらに痛みが増す…という悪循環を形成します。
悪循環の構造を以下に示します。
| 感覚 | 痛みの知覚(例:膝を曲げると痛い) |
| 認知 | 評価(例:私はもう動けない) |
| 情動 | 怒り・不安・落胆 |
| 行動 | 回避・過度な安静・社会活動の制限 |
| 結果 | 身体機能低下・痛みの持続・孤立 |
破局的思考は、痛みの予測や意味づけが過剰にネガティブになることで、疼痛体験を強化してしまいます。
身体知覚のゆがみとその臨床的サイン
身体知覚異常とは:痛み部位に対して「力が入らない」「思ったように動かせない」「膝が自分のものではないように感じる」などの体験。
FreKAQ(関節原性身体知覚評価):膝関節に対する身体知覚のゆがみを定量的に評価します。
身体知覚異常の臨床的サイン
- 動作時の違和感(例:階段昇降時に膝が「浮いている」ような感覚)
- 動作の不安定性(例:膝に力が入らず、踏ん張れない)
- 身体イメージのゆがみ(例:膝の位置がわからない、膝が太く感じる)
これらは中枢性感作と関連し、疼痛の持続やCPSPのリスク因子となります。
認知・情動・行動への介入の必要性
疼痛神経科学教育(PSE):痛みの「意味づけ」を再構築し、破局的思考を緩和。
感覚・運動再教育:身体知覚異常に対して、視覚・触覚・運動フィードバックを活用した再学習。
集団教育・座位行動の改善:座位行動の急な減少(入院中79.4%→退院後43.8%)が生じているのが現状であり、入院中から行動変容支援が求められている。
慢性疼痛予防の理学療法戦略
一次〜三次予防の整理
| 予防段階 | 目的 | 介入例 |
| 一次予防 | 疼痛の発症を防ぐ | 健康教育、運動習慣の形成 |
| 二次予防 | 早期発見・悪化防止 | 術前評価、心理的介入、PSE |
| 三次予防 | 慢性化・機能障害の防止 | 感覚運動再教育、社会参加支援 |
術前介入の重要性
術前の不安・恐怖が術後の疼痛に影響:術前に不安が強いと、術後の疼痛が58%増加するという報告も。
運動恐怖:動かすことへの恐怖が疼痛の持続とADL低下に直結。
破局的思考の改善:PSEによって認知の再構築が可能。
PSE(疼痛神経科学教育)の有効性
疼痛の「意味づけ」を再構築し、破局的思考や回避行動を緩和。
術後1週間の急性痛改善量が、1年後の経過に影響するため、早期介入が鍵。
PSE群 vs 非PSE群:CPSPの発生率が有意に低値。
PSEは単なる教育ではなく、疼痛の「脳内処理」を変える科学的介入。
感覚・運動再教育と神経筋エクササイズの実践
身体知覚異常へのアプローチ:膝に力が入らない、膝が自分のものではない感覚に対して、視覚・触覚・運動フィードバックを活用した運動を行います。
神経筋エクササイズ:標準リハに加え、感覚運動再教育を組み合わせることで、FreKAQスコアの改善が報告されています。
プレシジョンリハビリテーションの展望
プレシジョンリハビリテーションとは
定義:個々の患者の特性(疼痛感受性、心理状態、身体知覚、性差など)に基づいて、科学的に最適化されたリハビリテーションを提供するアプローチ。
背景:従来の画一的なリハでは、CPSPや中枢性感作を有する患者に十分な効果が得られないケースが多いため、個々に応じたアプローチが求められています。
例:同じTKA術後でも、CSI高値・破局的思考・運動恐怖を持つ患者には、標準リハだけでは疼痛軽減が不十分。
患者目標と医療者目標のギャップ
| 視点 | 患者 | 医療者 |
| 目標 | モビリティ(膝立ちや歩行) | QOL(生活の質の向上) |
| 時間感覚 | 早く回復したい | 徐々に回復するもの |
| 行動傾向 | 他者と比較しがち | 個別の経過を重視 |
このギャップを埋めるには:患者教育と共通目標の再設定が不可欠。
プレシジョンリハの構成要素
術前評価:CSI、FreKAQ、破局的思考尺度、運動恐怖尺度(TSK)などを活用しリスクを把握します。
個別化された介入:
- PSE(疼痛神経科学教育)
- 感覚・運動再教育(視覚・触覚・運動フィードバック)
- 神経筋エクササイズ
フォローアップ:術後1週間の急性痛改善量が1年後の経過に影響するため、早期から疼痛軽減に向けた関わりが重要です。
生命予後との関連
慢性疼痛は生命予後にも影響する可能性があります(活動量低下→生活習慣病→死亡リスク増)。
このことから疼痛の感覚・情動・認知への介入は、単なる疼痛軽減以上の価値を持っているといえるでしょう。
まとめ:慢性疼痛予防の未来戦略
- 中枢性感作の理解と評価が、CPSP予防の鍵。
- 術前からの個別化介入(PSE+感覚運動再教育)が、疼痛の慢性化を防ぐ。
- プレシジョンリハビリテーションは、患者の目標と医療者の視点を統合し、QOLとモビリティを両立させる新たな道。
以上、少しわかりにくい部分があったかもしれないですが学会で学んだ内容をまとめてみました。
今回の内容はあくまでも標準的なリハビリテーションに+αすると効果的という内容です。
なので”これだけやっておけば”というより痛みの捉え方の幅やプログラムの視点を広げるのに役立てていただければ幸いです。



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