TKA(人工膝関節置換術)は、変形性膝関節症に対する代表的な手術です。
多くの患者さんは術後に痛みの改善を期待しますが、一定数の方がCPSP(Chronic Post-Surgical Pain:慢性術後痛)を呈します。
私自身、TKA後のリハビリというと、可動域や筋力といった身体機能面にどうしても目が向きがちでした。
ですが、以前参加した予防理学療法学会学術大会で、「術後の疼痛・QOLには、身体機能訓練以上に患者教育が大きく影響する」という趣旨の報告に触れ、その視点を強く意識するようになりました。
本記事では、「なぜCPSPが起こるのか」「どのようにリハビリで対応するのか」を、学会で得た知見と一次情報に基づいて整理します。
※本記事の内容は、IASP(国際疼痛学会)のCPSP定義、およびTKA術後リハビリに関するレビュー論文(Wylde et al., 2018など)を参考にしています。
CPSPとは?
IASP(国際疼痛学会)はCPSPを以下のように定義しています。
- 手術後3か月以上持続する痛み
- 手術前の痛みとは異なる性質を持つ
- 他の原因(感染・再手術が必要な問題など)では説明できない
TKA後のCPSPは約16〜20%に生じると報告されています(Wylde et al., 2018)。
なぜTKA後にCPSPが起こるのか?
CPSPの発生には複数の要因が関与するとされています。
① 中枢性感作:術後の痛み刺激が続くことで、痛みに対する感受性が高まる状態。
② 末梢の炎症:関節周囲の炎症が長引くことで痛みが持続しやすくなる。
③ 心理社会的要因:不安・恐怖回避思考・睡眠の質などが痛みの持続に影響することが知られています。
④ 術前の痛みの強さ:術前に痛みが強いほど、術後のCPSPリスクが高いと報告されています。
中枢性感作とは?
定義:中枢神経系(脊髄・脳)が過敏化し、痛みの閾値が低下する現象です。
特徴
- 通常の刺激が痛みとして知覚される(アロディニア)
- 痛みが過剰に強く感じられる(痛覚過敏)
- 感覚・情動・認知の統合領域(島皮質・前帯状皮質・扁桃体など)の可塑性変化が関与
臨床的には「痛みの説明がつかない」「画像所見と一致しない痛み」などが中枢性感作のサインといえるでしょう。
スクリーニング
CSI(Central Sensitization Inventory):中枢性感作のスクリーニングに有効。
9項目版(CSI-9)も簡便で実用的です。
Aδ線維とC線維の違い
| 線維 | 経路 | 特徴 | 関与する側面 |
|---|---|---|---|
| Aδ線維 | 外側脊髄視床路 | 高速・鋭い痛み | 感覚的側面 |
| C線維 | 内側脊髄視床路 | 遅延・鈍い痛み | 情動・認知的側面 |
学会で得た気づき|可動域・筋力だけでは語れない術後疼痛
TKA後のリハビリというと、可動域訓練や筋力強化に意識が向きやすく、私自身もその傾向が強くありました。
しかし、学会で報告に触れた際、術後のCPSPや長期的なQOLには、身体機能訓練と同じか、それ以上に「患者教育」が影響するという指摘が印象に残っています。
これは、前述の中枢性感作の仕組みとも関係しています。
痛みに対する不安や恐怖回避思考(キネシオフォビア)が強いと、動くこと自体への警戒が高まり、結果として活動量の低下や痛みの慢性化につながりやすくなります。
つまり、「なぜ痛むのか」「この痛みはどう経過していくのか」を患者さん自身が理解できているかどうかが、身体機能とは別の軸で回復の経過に影響するということです。
この気づき以降、術後リハビリの中で可動域・筋力の評価と並行して、痛みのメカニズムや今後の見通しを分かりやすく説明する時間を意識的に確保するようにしています。
身体機能訓練だけに偏らず、患者教育を並走させることが、CPSP予防において見落とされやすいが重要なポイントだと感じています。
リハビリで押さえるべきポイント
ここでは、臨床でよく用いられるアプローチを「一般的に推奨される方法」としてまとめています。
① 過度な痛みを避けつつ、段階的に可動域を改善する:急激な負荷は痛みを悪化させる可能性があるため、段階的な負荷調整が重要とされています。
② 中枢性感作を考慮した運動療法:痛みの強さだけでなく、痛みのパターン・増悪因子・心理的要因を含めて評価することが推奨されます。
③ 歩行・荷重の再学習:TKA前の痛み行動が残っている場合、歩行パターンの改善が痛み軽減につながることがあります。
④ 患者教育:痛みのメカニズム、回復の見通し、過度な不安の軽減。これらを丁寧に説明することが、CPSP予防に役立つとされています。上記の学会での気づきの通り、この患者教育は身体機能訓練と同等以上に重視すべきポイントだと考えています。
一次〜三次予防の整理
| 予防段階 | 目的 | 介入例 |
|---|---|---|
| 一次予防 | 疼痛の発症を防ぐ | 健康教育、運動習慣の形成 |
| 二次予防 | 早期発見・悪化防止 | 術前評価、心理的介入、PSE |
| 三次予防 | 慢性化・機能障害の防止 | 感覚運動再教育、社会参加支援 |
CPSPが疑われる場合のチェックポイント
以下は一般的に確認される項目です。
- 術後3か月以上痛みが続いている
- 感覚過敏(触れるだけで痛いなど)
- 夜間痛が強い
- 不安・恐怖回避行動が強い
- 感染や機械的トラブルが除外されている
これらが複数当てはまる場合、CPSPの可能性が示唆されます。
まとめ
TKA後のCPSPは珍しいものではなく、術後リハビリの中で早期に気づき、適切に対応することが重要とされています。
- 中枢性感作
- 心理社会的要因
- 歩行・荷重の再学習
- 患者教育
これらを総合的に考慮することで、痛みの長期化を防ぐことが期待できます。
特に、可動域や筋力といった身体機能面に意識が向きがちな中で、患者教育が回復の経過に大きく影響するという視点は、見落とされやすいからこそ意識しておきたいポイントです。
※本記事は一般的な医療情報の提供を目的としており、個別の診断・治療を行うものではありません。症状に不安がある場合は、必ず医療機関にご相談ください。
参考文献
・International Association for the Study of Pain (IASP). Classification of Chronic Pain, 2nd Edition (Revised). IASP; 2011.
・Wylde V, Beswick AD, Bruce J, et al. Chronic pain after total knee arthroplasty. EFORT Open Rev. 2018;3(8):461–470. doi:10.1302/2058-5241.3.170067
・Kehlet H, Jensen TS, Woolf CJ. Persistent postsurgical pain: risk factors and prevention. Lancet. 2006;367(9522):1618–1625.
・Woolf CJ. Central sensitization: Implications for the diagnosis and treatment of pain. Pain. 2011;152(3 Suppl):S2–S15.
・Neblett R, Cohen H, Choi Y, et al. The Central Sensitization Inventory (CSI): Establishing clinically significant values for identifying central sensitivity syndromes. Pain Pract. 2013;13(8):734–744.
・International Association for the Study of Pain (IASP). Terminology: Central Sensitization.



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